生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第4回エッセー部門

第4回入賞作品 − 一般の部 
入選

「小さな棺」

木森 香織(47)福井県

 私が、看護師になって2年目の頃。希望だった、産婦人科で夜勤をしていた時の事。

 夜勤の仕事は、夜間のお産や、婦人科の手術後の経過観察、新生児のお世話など、夜勤とはいえ、忙しいものだった。その夜も、電話が鳴った。電話に出るのも看護師である私の役目だった。

 昼間、妊婦健診に来ていた妊婦さんのSさんからの電話だった。昼間、受診した時は、胎児の心拍音もあり、胎動もあったとのこと。今までの経過も問題なく、現在8カ月。夕食後から、動きがないという。腹痛もあるとの事で、至急病院に来ていただく事になった。

 緊急で入院していただき、胎児を確認すると心拍音は確認できなかった。死産だった。陣痛促進剤を使い、亡くなった赤ちゃんをSさんは産んだ。静かで悲しい分娩ぶんべん室。もう、何例も元気なお産を見てきた私は、静かなお産を、いつもとは全く違うお産を悲しく、苦しく見守った。

 医師によると、400例に1例くらいの割合で、原因不明の死産があるとのことだった。それまで、何の兆候ちょうこうもなく、問題なく育っていた赤ちゃん。8カ月の赤ちゃんは、もう手足も、顔も、髪も体もちゃんと赤ちゃんだった。でも、泣かない。動かない。いつも見ていた赤ちゃんとは違う。悲しくて苦しい。でも、母親であるSさんは、私の想像をはるかに超える悲しみの中にいる。

 助産師さんが、赤ちゃんを他の子と同じように、体を拭き、綺麗きれいにして産着うぶぎを着せた。他の子と違うのは、その後、家族と一緒に死後の処置、手続きが必要であったこと。お母さんは産後という事もあり、褥婦じょくふさんのケアは私が担当なので、一緒にいて、体のケア、状態などを観察した。正直、かける言葉が見つからない。ただただ、悲しみを一緒に感じていた。2時間後、歩けるようになり、Sさんとご主人と一緒に霊安室に向かう。小さなひつぎ。棺のあまりの小ささに胸が押しつぶされそうになる。本当に、生まれたばかりでまだ眠っているような赤ちゃん。

 Sさんは、小さな羊のぬいぐるみを赤ちゃんの枕元に置いた。愛おしそうに、頭を、手を、体をなでている。涙があふれてくる。

「頑張ったね。」「小さいね。」「かわいいね。」「ごめんね...。」と言って、泣き崩れた。

 どんなに悲しかっただろう...。苦しかっただろう...。私も涙が止まらなかった。

 不思議と、赤ちゃんは幸せそうに見えた。本当に生きているように見えたし、さっきまで

 Sさんのおなかの中にいた。今も、ありがとうと言っているように見える。お母さん、大好きだよと言っているように見える。ただ、眠っているよう。

 「命」という言葉を聞くと、私はこの赤ちゃんの姿が浮かぶ。命そのもの。可愛かわいくていとしくて、大切な命そのもの。お母さんにとって、こんなに可愛く愛しい存在なんだと、強く強く感じた。

 私は、現在は精神科の仕事をしている。精神科では、自ら命を絶つ人や、「どうして死んじゃいけないの?」「死にたい。」と言われることも多い。その人それぞれに、生きる事に困難さを感じ、生きる意味を見失ってしまうほどの絶望も理解できないわけではない。でも、生きている事、生まれてきた事を、ただ受け止め、意味は持たずとも、生きていく、ただそれだけでいいのではないかと、その命を持ち続けることでいいのではないかと思ったりする。うまく言葉にはしがたいが、あの時の赤ちゃんの小ささ、形が、いつも胸の奥にあって、小さく呼吸をしている気がする。私に、命を教えてくれている。この感覚を、心を病んでしまった人や、死を考えている人たちにも、伝えたいと思う。現実はそんなに甘くないかもしれない。環境や、考えや、思う事は違っても、生きていることを、ただ伝えたい。長くこの仕事をしていても、上手に伝えるのは簡単ではないが、「命」を感じて、「命」を守りたい。その思いがいつも心の奥にある気がする。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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