生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第4回エッセー部門

第4回入賞作品 − 中高生の部 
文部科学大臣賞

「つよさ」

川口 玲奈(16)福井県

 私は先週、父と母の夢だった新築の家に引っ越しをした。前に住んでいた家の私の部屋の壁には、色鉛筆やマイネームなど様々な道具で文字が書かれている。文字は過去の私が書いたものだ。

 「生きたくない」「明日なんて来るな」

 壁に彫るように深く、深く書かれたこの文字は当時の私の精神状態を表している。学校の友人関係で悩みがあり、夜は朝が来るまで眠れなかったり、食欲が全くなかったりした日も多々あった。そんな私を見かねた母はある精神科を勧めてくれた。

 初めての診察は平日だった。受診内容は悩みを話すこと、つまりはカウンセリングだった。精神科の先生は、泣いて、言葉が詰まって上手にまとまってもない私の話を優しくうなずきながら最後まで聞いてくれた。話すことで少し気持ちが楽になれたが、あと数時間後にはまた明日がやってきて、また学校に行くと思うと、途端に苦しくなった。

 2回目の受診では、カウンセリングに加え、前回の話をもとに、自宅でも簡単にできる私に合った気持ちの整理の仕方を教えてもらった。思い出や出来事を日記ノートや紙などに書くことで、気持ちを安定させやすくする方法だそうだ。そしてこの日は、「うつ病」という診断書とお薬の処方箋をもらった。お薬は2週間分処方され、少しずつではあるが食欲や睡眠不足が改善されていった。また、気持ちの浮き沈みも教えてもらった方法を実践して、落ち着かせることに何回か成功した。

 何回目かの受診。この時のカウンセリングで、先生は私のことを「つよい」と言った。自分自身を弱いと思い込んでいた私は、聞き間違いかと疑おうとしたが、疑う余地もなく先生は続けて、
「レナさんはたくさんのつよさを持っているね。こうして誰かに悩みを話せること、学校に行き続けていること、助けを求められること、前に進もうとしていること。全部がつよさだよ。」
と言った。それを聞いて、そうか私は強いんだ、弱くなんかなかったんだ、と自分自身を久しぶりに肯定できた気がした。

 そして、この受診は最後の受診になった。薬局で薬を処方されたが、お薬がなくなるころには気持ちが安定して、学校もそれほど苦痛に思わなくなっていたからだ。先生がくれた言葉のお薬は効果抜群だったのだ。

 私は将来、看護関係の職に就きたいと思っている。それは、夢も生きる気力もなくしていた私を救ってくれた先生のようになりたいからだ。看護師さんは患者さんの心のケアや体のケアをする仕事で、先生のように一人一人に寄り添って治そうとする素敵な職業だと私は思う。たくさんの職業がこの世には存在するが、「これになりたい!」と本当に思えるものに出会えたのも先生のおかげである。

 あの当時から3年ほど経った今の私とあのときの私とでは、別人のようになったのだと日記や壁を読み返して実感した。「生きたくない」は「手相の生命線が短いことすら惜しく思えるほど生きたい」に。「明日なんて来るな」は「もう明日が来るのは怖くない」という具合に考え方が変わった。

 そして昨日、前の家の壁の張り替えを母と一緒に見学した。引っ越しの準備で処分することにした日記とともに、私が汚した壁はあっという間に綺麗きれいに消えていった。もう当時のモノは何も残っていないが、私の中には思い出としてあり続けるだろう。最近では、つらかったあの学校生活も笑い話にできるほどに私は「つよく」なった。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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