生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第3回エッセー部門

第3回入賞作品 − 中高生の部 
最優秀賞

「父の想いを知って」

今村 咲(13)東京都

 私の父は、人に対しても自分に対しても厳しい人です。そんな父は、大学病院に勤務している内科医です。私が生活面や勉強面で一生懸命やらず手を抜くと、強く叱られました。たまにお家にいる時ぐらい、おこらないでほしかったです。

 父が出勤する時は、「いってらっしゃい。また明日。」があいさつでした。毎日、朝早くから夜遅くまで働いていたからです。時には病院にお泊まりすることもありました。父なりに時間があると、家族のことを大切にしてくれていましたが、小さかった私は、「パパと遊びたい。」と言って困らせたこともあったようです。

 私は中学生になり、夜遅くまで起きることが多くなりました。先日のある夜、父が帰って来た時のことです。

 父の右手には、小さなビニール袋がさげられていました。父はどんなに遅くなっても、お家で夜ご飯を食べます。この日もそうだろうと思っていたら、ご飯を食べずに先程の袋から1本の缶ビールを取り出しました。

 父はめったに家で晩しゃくはしません。しかし、今日は自分で買ってきたビールを飲もうとしていました。私は不思議に思い、父に聞きました。

 「パパ、どうして今日はビールを買ってきたの。いつも飲まないのに。」

 父は静かに言いました。

 「今日、パパが診ていた患者さんがお亡くなりになったんだ。もっと自分にできることがあったのではないかって。患者さんが亡くなられたことが悲しいのと、自分の力不足がくやしくて......。自分の患者さんが亡くなられた時は、いつも1本だけビールを飲んで、その患者のことを想うようにしているんだ。」

 父は話し終えると、コップのビールを一気に飲みほしました。

 この時ほど、父が小さく見えたことはありませんでした。毎日、一生懸命頑張って働いているのに、悲しまなくてはならないことがあるなんて。私は胸がしめつけられそうでした。その時、母はそっと横から口を挟みました。「目の前の患者さまは、必ず誰かの最愛の人なの。だから、パパもママも咲ちゃんを大切に想っているのと同じように、患者さまを想っているのよ。」

 母も医師ですが、しばらくは専業主婦でした。父の一番の理解者で、どんな時も私達のことを優先して支えてくれています。

 数日後、リビングのテーブルの上で1通のお手紙を見つけました。

 それは、あの亡くなられた患者さんが生前書き残された父へのお手紙でした。

 「今村先生、入院中はお世話になりました。最期に先生のような医師に診てもらうことができて、私は嬉しかったです。入院中は丁寧に説明してくださり、毎日必ず病室まで来て声をかけていただき、安心して生活することができました。ありがとうございました。」

 父の想いが患者さんに伝わっていたんだなぁと胸がいっぱいになりました。

 小さい時は、父と過ごす時間が少なく、寂しい思いもしましたが、父が患者さんのために、自分の時間を割いて全力で診療していることを知って、私は父を誇らしく思います。

 私は、皆さんに伝えたいです。医師も医療者側も一生懸命に全力で自分の家族と同じように、いやそれ以上に、患者さんを大切に想って関わっているということを。

 今なら、大きな声で言えます。

 「パパ、大好きだよ。いつもお疲れさま。私もパパのような医師に将来なりたいです。」

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

過去の作品

PAGE TOP