玄侑宗久審査員特別賞
長生きするということ
西多 晃都(8)埼玉県
ぼくにはひいおばあちゃんが2人いました。どちらも101さいまで生きました。ばあばのお母さんはトシさんでコロナかでぼくはおそうしきに行けませんでした。じいじのお母さんはハツさんで、ハツさんは今年の1月にしんでしまいました。ぼくは生まれてはじめておそうしきに出ました。
ハツさんはしせつにいて、ぼくはコロナ前に会っただけなので、小さすぎておぼえていません。だけど、家でお母さんやじいじやばあばがよく話をしているので、どんな人なのかなと思っていました。
おそうしきでは、ぼくの知らない親せきがいっぱい来ました。こんなにぼくに親せきがいたなんて、なんだかふしぎでした。本当にちがつながってるのかなとじっとかんさつしていました。みんなはひさしぶりに会ったので、思い出話をたくさんしていました。自分たちが今どんなくらしをしているかも話していました。なぜかみんなニコニコしています。ぼくは、しんじゃったのになんでと、びっくりしました。だから、じいじに
「なんでみんなうれしそうなの」
と聞いてみました。そしたらじいじは
「長いきしたからだよ。いろんな思い出がいっぱいあるんだよ。長生きするのはすごいことだから、『すごいね、ごくろうさま』って言い合うんだよ。長じゅせんというお金もくばるよ」と教えてくれました。
ぼくはおそうしきはかなしいものだと思っていたけど、長いきすると、みんなニコニコするし、思い出話もたくさんできるし、ふだんは会えない人たちをつないでくれるものなんだと思いました。だから、ぼくは長生きしたいです。みんなも長生きしてほしいです。かなしいおそうしきよりも、みんながニコニコするおそうしきがいいなと思います。