生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第9回エッセー部門

第9回入賞作品 − 一般の部 
養老孟司審査員特別賞

小さな病室に差し込んだ光

太田 夢(40)北海道

 私の子どもが2歳の時、川崎病で入院したことがあります。

 何日も高熱が続き、ぐったりとした息子を何度も小児科に連れて行っていたところ、かかりつけの先生が「これはすぐ大きな病院に行った方がいいよ」と背中を押してくれました。その一言がなければ、診断が遅れていたかもしれません。幸いすぐに川崎病と診断され、入院治療が始まりました。

 ところが、そこで思いがけないことが判明しました。川崎病の検査の過程で、息子の心臓に穴が開いていることが見つかったのです。それは川崎病とは全く関係なく、生まれつきのものでした。心房中隔欠損という病名を聞いた時は驚き、胸が締めつけられるような思いがしました。幸い大きな問題には直結しておらず、検査を続けることで良いと説明を受けましたが、親として不安を拭うことは簡単ではありませんでした。

 熱が下がると、息子はすぐに元気を取り戻しました。しかし、経過観察のため入院生活は続きます。元気いっぱいの2歳児をベッドにとどめておくのは至難の業でした。私はポケットWi-Fiを持ち込み、ベッドのそばのパイプ椅子で仕事をしながら付き添っていましたが、息子の退屈や不満をどう解消してあげればいいのか、悩む日々でした。

 そんなある日、病棟に看護実習生がやって来ました。小児科病棟には長期入院のお子さんや感染症で隔離が必要なお子さんも多く、比較的元気な息子のところが担当になったのだと思います。最初はどう接してよいのかわからない様子で「〇〇くんは元気ですか?」などと頓珍漢(とんちんかん)な質問をして、私は思わず笑ってしまいました。しかし、3週間も外に出られず閉塞感を抱えていた私と息子にとって、その存在は新しい風のように感じられたのです。

 実習生は日を追うごとに息子への接し方に慣れていきました。最初は緊張してそっぽを向いて隠れていた息子も、少しずつ心を開き、回診の時間になると「おねえちゃんきた!」と楽しみにするようになりました。2歳の子どもは気まぐれでしたが、若い学生さんのぎこちない優しさは、かえって自然で、息子にとって安心できるものだったのかもしれません。病室に笑い声が響くたび、暗く沈みがちだった私の心も軽くなっていきました。

 実習の最終日、実習生は手作りのおもちゃを持ってきてくれました。息子の好きな乗り物やアンパンマンを模した力作で、息子は大喜び。しかしお別れだとわかると「えー! もうあえないの! もっとあそびたい!」とぐずって悲しんでいました。その光景を見て、私も胸が熱くなりました。ただでさえ気を張っている忙しい実習の合間に、息子のために時間をかけて作ってくれたこと、その気持ちがとてもうれしく思えたのです。

 今、あの実習生さんは立派に看護師として働いているのでしょうか。あの時の息子とのやり取りが、少しでも役に立っているとしたら(うれ)しいです。入院生活は不安や心配でいっぱいでしたが、あの出会いがあったからこそ、私と息子の心は救われました。

 病気やけがで病院にいる時間は、どうしても苦しい記憶として残りがちです。けれど、そんな中で寄り添ってくれる人がいると、不思議と心は救われます。あの時の看護実習生との出会いは、私と子どもにとってまさに光でした。ぎこちなくも一生懸命で、そして最後に見せてくれた温かい優しさは、治療と同じくらい私達を支えてくれたのです。

 もしこの文章があなたに届くのなら、伝えたいことがあります。あの時、本当にありがとう。小さな患者に向けて注いでくれた真心は、決して消えることのない記憶として私達の中に残っています。どうかこれからも、その優しい心を大切にして、出会う患者さん一人ひとりに寄り添ってください。きっと、私達が感じたような救いや温もりを、他の誰かにも与えることができるはずです。

 私はこの感謝をずっと胸に抱いて生きていきます。そして、子どもが大きくなった時に、この入院で出会った優しさを語り継ぎたいと思います。病気の中で出会った人の温かさを次の世代へと伝えていくことが、私にできる恩返しだと信じています。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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