生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第5回エッセー部門

第5回入賞作品 − 一般の部 
入選

「最後の晩餐ばんさん

鈴木 綾子(73)徳島県

「旅立たれた方々をしのんで、共に語り合いたいとの思いで、家族会を計画しました」という手紙が届きました。母が入院していた緩和ケア病院からです。病院の前を通るのも辛い頃だったので、参加する気持ちになれなかったのですが、勇気を出して出席しました。

 会場の入り口で、人形たちが出迎えてくれるように並んでいました。その横で主治医だった女医さんが、女の子の人形を胸に抱いて立っていたのです。

「お母さんの作られた人形、イベントの度に使わせてもらっています。」と微笑んで、「もう大丈夫ですか。」と、人形の手で私の肩をでて下さいました。胸がいっぱいになりました。

 家族を亡くされた遺族の方々が既に集まっていました。医師と看護師と大勢のスタッフの方に囲まれて、全員で黙とうをささげた後一人一人が思い出を話すことになりました。

 奥さんを亡くされたご主人、お母さんを亡くした娘さんなど、それぞれの人の話に同じ思いが込められていました。それは「人生の最期を本人はもちろん家族も共に、幸せに迎えることができました。」という言葉でした。

 今まで閉じ込めていた心の内を声に出して話し始めると、不思議に心の整理ができてきたようです。女性の目にまっている涙が希望色に見えました。私の番になりました。

「母は胃がんの末期で入院させてもらいました。食欲のなかった母が突然『うどんが食べたい。』と言うので、コンビニに買いに行こうとしたら、看護師さんが『厨房ちゅうぼうに頼みますから遠慮しないで。』と言ってくれました。

 そして三度の食事の度に、赤ちゃんのお食い初めのようなかわいいおわんに、うどんが入っていました。母は、『こんな美味しいうどん食べたことない。』と毎回同じことを言って、おいしそうにいただいていました。

『うどん、嫌いだったのに。』と私が言うと、『昔、おばあちゃんの病気が悩みで、願掛けするために、大好きなうどん、ったんよ。』と言うのです。知りませんでした。母にとって何十年ぶりのうどんだったことでしょう。」と、思い出の一つを話すことができました。

 病院の帰り道、黄金色の銀杏いちょうが天空に向かって、大きく背伸びしているようでした。

「ああ、行ってよかった」と思いました。

 母は84歳まで人形教室とボランティア活動で、どこまでも自転車で駆けていくほど元気でした。ところが85歳の春、体調を崩し検査の結果、胃がんの摘出手術を受けました。

 医師から余命6ヶ月と言われましたが、私だけの胸におさめました。負けず嫌いな母は「現役のままで死にたい!」というのが口癖だったのです。高齢のためわずかな期間でも、希望を失わないでほしいと祈りました。医師も理解して下さって、何より心強かったです。

 不思議にも術後6ヶ月目、念願だった人形教室を再開でき、女学生のような歓声が響きました。しかし術後1年目の桜が散り始めた頃、痛みに耐えられず緩和ケア病院に入院しました。襲ってくる激痛を医師が注射で抑えてくれると、すぐに起き上がってベッドの上で人形を縫い始めます。病室の白い壁に飾っていくと、病室が明るく華やいできました。

 それをご覧になった院長先生から「患者さんでもできるような手芸を講習してくれませんか。」と言われ、母は目をまん丸にして、「喜んでさせていただきます。」と即答でした。

 材料を準備し、当日は予定以上の患者さんで大慌てでした。縮緬ちりめんの布で小物を作り始めると、重症の患者さんの瞳がみるみる輝いて仕上がった作品を掌に乗せると、頰がぽっと紅くなって笑みが浮かんだのです。手づくりの不思議な魅力を目の当たりにしました。

 病院の七夕祭りに、母は病室に飾っていた人形を残さず提供しました。元のままの白い病室で、水色の短冊に「生涯青春」と書きました。しかし祭の当日は車いすにも乗れない状態で、会場には行けないと諦めました。

 その時です。「よしみさん、行きますよ。」と主治医が、母が寝ているベッドのまま、会場まで連れて行って下さったのです。

 看護師さんと医師が、母の作った人形で、「おり姫とひこ星」の劇を演じてくれました。母の頰に一筋の涙がつたいました。

 祭の3日後です。子と孫に囲まれた母は、細い手をキラキラ星のようにかざして、一人一人に「ありがとう。」と言って、静かに目を閉じました。星降る七夕の宵でした。

 若い看護師さんが「こんな庭の花ですみません。」と言って、和紙で包んだ三色すみれの小さな花束を、母の肩に添えてくれました。

 すると母の口元が緩んだのです。

「私の最後の晩餐ばんさんはうどんです。」と、自慢そうに言っていたときの表情でした。

 一人の人格をどこまでも尊重して下さり、心のこもった言葉で、患者の不安を取り除きながら、医療を施してくださる緩和ケア病院の医療従事者の皆さまに、今も感謝、感謝、感謝以外、言葉が見つからないのです。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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