生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第5回エッセー部門

第5回入賞作品 − 一般の部 
審査員特別賞

「「もうええか?」」

長濱 京香(22)大阪府

 祖母がこの世を去って1年。おはよう、ただいま、おやすみと祖母の遺影に向かって挨拶をし、祖母に教わった料理を毎日作っては供え、手を合わせる。「努力に勝るものはない」「皆同じように与えられているチャンスを生かすか殺すかは自分次第」これらの言葉が口癖だった祖母は、私にたくさんのことを教えてくれた。そして、人の死は想像以上にはかなく、呆気あっけないということも。

 祖母は5年前、大脳皮質基底核変性症という、10万人に2人と言われる難病を患った。今までお世話になった祖母に恩返しをしたいという私たちの想いと、他人に迷惑をかけることを人一倍嫌う祖母の意思を尊重し、家族皆で在宅介護をするという選択肢を選んだ。だが覚悟のうえではあったものの、24時間休みなく介護というのは心身ともに削られる。自分でできることが増えていく育児とは違い、介護は周りがどれだけ頑張っても、自分でできないことが増えていくもの。母がよくそう口にしていた。それでも私は毎日が楽しかった。学校の授業がオンラインとなり、アルバイトだけが唯一外に出られる時間。そんな私の毎日を輝かせてくれたのが祖母だった。料理が得意だった祖母は、車椅子に乗りながら熱心に料理を教えてくれた。ジャンクフードが好きだった祖母と、お菓子を食べながらノリノリでおうちカラオケもした。ソフトボールをしていた祖母のゴツゴツした手を握り、毎晩寄り添い合って寝た。時には、母に隠れながら夜食のパンを2人で一緒に頰張ったりもした。祖母のことも、祖母との会話も、今でも鮮明に覚えている。祖母と過ごす日々が本当に幸せだった。やがて祖母はベッドで過ごす日が増え、次第に話すことも、目を開けることもできなくなった。

 そんな祖母が突然、隣で手を握る私に「もうええか?」と言った。食べることも水を飲むこともできない祖母が、力を振り絞って放った言葉が、「もうええか?」だった。祖母が何を確認しようとしていたのかは分からない。ただ私には、「頑張らなくても、もうええか?」「私がいなくても、もうええか?」そのように言っているような気がして、「何がええの〜」と誤魔化ごまかす私の目からポロポロと涙があふれた。そして返事をする前に、祖母は逝ってしまった。あれほど幸せだった日々が、突然、終わってしまった。「京香の子供の顔を見るまでは死ねない」そう口にしていた祖母の人生に、一瞬にして終止符が打たれた。命というものが、これほどもろく、儚く、呆気ないものだなんて思ってもみなかった。

 祖母は苦労人で、誰よりも情が厚く、正義感が強い。まさに自分のことより他人のことを一番に考えるような人だった。だから祖母が大丈夫と言えば安心するし、すごいと言ってもらえれば自信がみなぎってくる。病気を患ってからも、祖母は決して弱音を吐かなかった。そんな祖母の「もうええか?」の一言が忘れられない。人の世話になることが嫌いで、体が不自由になってからは誰よりも早起きし、一人で着替えの練習をしていた祖母。責任感が強い祖母は、思うように動かない自分の体を、もどかしく、じれったく感じていただろう。それでも希望を捨てず、最期まで必死に病気と闘ってくれたのは、私たちのためだったに違いない。娘や孫たちのためにも病気に負けてたまるか、その一心だったはずだ。「もうええか?」の言葉は、やっとの思いで口に出せた祖母の本心だったのかもしれない。そして、私たちのために自分の人生をささげてくれた証しだと思う。ありがとうや、さようならではなく、最期に「もうええか?」と口にした私の祖母は、世界で一番かっこいい。そのような祖母が自慢であり、祖母の血を受け継いでいることを誇りに思う。

 人は何のために生きるのか。生きている者はいつか必ず死を迎える。この先、幸せなことより辛いことの方が多いかもしれない。それなのに人はなぜ、何のために、生きたいと願うのだろうか。私は高校生の時、この問いに、「人は人のために生きる」と1冊の本を通して結論付けた。人は一人では生きていけないからだ。私たちは喜びやうれしさ、時には悲しみや苦しみをも分かち合い、支え合いながら生きている。この問いに正解はないが、私の出した「人は人のために生きる」という答えが間違ってはいないと、祖母が教えてくれた。人の命や人生は儚い。それならば私も祖母のように、人のために一生懸命に生きよう。自分の人生の幕を閉じる時、「もうええか?」と言えるような、かっこいい人になろう。そう心に誓った。

 人のために生きる。どれだけ立派で素晴らしく、そして難しいことか。それでも私は祖母を目標に、必ずやってみせる。私にはできる。だって私は、おばあちゃんの孫だから。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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