生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第5回エッセー部門

第5回入賞作品 − 中高生の部 
優秀賞

「祖父の最期」

岡田 歩(14)長野県

「ここは、介護施設ではありません。」と、言われた母。母はこの言葉を一生忘れることは無いと言います。

 我が家の今は亡き祖父が転倒し、救急車で運ばれたのは私が6年生の時でした。足を骨折し入院することになったのでした。その頃の祖父は、認知症の症状が見られるようになっており、母は市内の地域包括支援センターに相談を始めていました。今回の入院はその矢先の出来事で、デイサービスなどの介護サービスを受ける話は、一旦無くなってしまいました。祖父は以前から老人ホームではなく、最期は自分の家で迎えたいと言っておりましたので、母は介護サービスを受けながら、自分で祖父の面倒をみようと考えていたのでした。

 しかし、祖父は入院することになり、事実上介護も病院にお願いするしかありませんでした。普通の入院患者とは違い、認知症があると病院側は本当に大変だったようです。昼間のまだ明るい時間帯は良いのですが、夜になると認知症の人は、大きな声を出し、暴れ出すということがあるのだそうです。祖父も同様で、看護師さん達の業務に支障をきたすような状態であったため、ベッドに縛り付けられるという始末でした。母は毎晩のように「家族が居ると落ち着きますから。」と病院から呼び出され朝方、家に戻って来るという生活が続いていました。また、認知症は入院すると症状がどんどん進んでしまうと言われています。きっと、祖父の場合も同じで、看護師さん達も限界であったに違いありません。突然、夕方に病院の主治医の先生から一本の電話がありました。「今すぐ退院して下さい。ここは介護施設ではありません。」母は耳を疑いましたが、骨折している祖父が急に家に帰ってきても、どうすることもできないので、すぐケア・マネージャーさんに電話で介護用ベッドだけをお願いし、病院に向かいました。そしてナースステーションに行き「すみません。岡田ですが、退院と言われましたので迎えに来たのですが。」と言いました。しかし、そこに居た看護師達は母を無視したそうです。どうしたら良いか分からなかった母は、そこに立ちっぱなしでした。そこに病室から帰って来た他の看護師さんに「声、掛けられましたか。」と言ってもらい、ようやく退院の手続き等が行われて、祖父は家に帰って来ることができたのです。母は病室を出て、祖父を乗せた車イスを押しナースステーションの前を無言で通り過ぎたそうです。母はお世話になった人達にお礼も言えないような非常識な人では決してありません。その時の母の気持ちがどんなものだったのか、お分かり頂けるでしょうか。家に帰った母は一言「病院、追い出されちゃった、これからどうしよう。」と、淋しく言っていました。

 次の日から母は、寝たきりの祖父の介護をヘルパーさんの手を借りながら、寝る間も惜しんでがんばっていました。が、その半年後のことです。祖父は血を吐きました。母は悩みましたが救急車を呼びました。前とは別の病院をお願いしたのですが、空きが無くまたあの病院に運ばれてしまいました。そこでの診断は、もう手遅れであと2週間、入院しても1週間寿命が延びるだけとのことでした。母は「ご迷惑をお掛けすることになるので連れて帰ります。」と、祖父の願い通り家で最期を看取る覚悟を決めたのでした。その夜、母の声を殺して泣いている姿を、こっそり見てしまいました。辛かったのだと思います。自分の父親の命に幕を下ろさなければならない決断をしたのですから。次の朝、母に何と言えば良いかと思っていると、何事も無かったように祖父のおむつを替えている母の姿がそこにありました。残されたわずかな日、段々と食事もできなくなり、口数も少なくなりましたが、介護ヘルパーさん達に体を拭いてもらったり、ヒゲを剃ってもらいさっぱりしてとても喜んでいるようでした。そして次の日、祖父は家族に看取られながら、穏やかな顔で旅立ちました。享年90歳でした。

 私は今回のことで、強く感じたことがあります。それは、高齢者にとって医師や看護師と同じぐらい、それ以上にどんな時でも笑顔で接してくれる介護施設の職員のみなさんの存在がとても大きいということです。もちろん介護施設のみなさんは、医療行為はできません。直接命を救うこともできません。しかし色々な意味で私達家族は、力を貸して頂き支えて頂きました。どんなに有難かったか知れません。今の日本は高齢化社会です。認知症のお年寄りの数もとても多いです。「ここは介護施設ではありません。」と、病院で言われるのは、あまりにも悲し過ぎます。誰もが年を取る訳ですから、介護と医療の両立が重要なのではないでしょうか。誰もが穏やかに最期が迎えられる日本であって欲しいのです。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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