文部科学大臣賞
「大切な命」
諸根 さつき(12)福島県
「うちは牛の命と引き換えにお金をいただいている。牛のおかげで生活できているんだよ。」
両親に、小さい頃から言われている言葉。小さい頃は、そうなんだとしか思っていなかった。しかし、私は今年、そのことを実感することになる。
私の家は、畜産業を営んでいて、黒毛和種という肉用牛を飼育している。
8月6日。この日は、家で生まれた3頭の牛とのお別れの日だった。
1頭目は福太郎。令和3年2月28日生まれ。生まれた時は小さく、とてもかわいい子牛だった。ちょっとこわがりでおとなしくてとってもいい子。2頭目は、北斗。令和3年3月16日生まれ。生まれる時、お母さん牛からなかなか出てくることができず、獣医さんが来て助けてもらった。人なつっこくて優しい子。3頭目は、武蔵。令和3年3月31日生まれ。お母さんのおなかにいる時からとっても元気で、生まれた時も大きくて、でも甘えん坊の優しい子。
3頭とも、母が人工
「福太郎と北斗と武蔵をつかまえるよ。」
出荷の日の朝、母にそう言われ、重い足取りで牛舎に向かった。そこでは、もうすでに父と母が牛たちを捕まえてロープでつないでいた。
「最後だから、ブラッシングをしてあげよう。」
母にそう言われ、ブラシで一頭一頭ていねいにブラッシングをする。
「みんな今までありがとうね、ありがとうね。」
母の目は真っ赤になっていた。私もブラシで背中や顔をこすってあげた。みんな気持ちよさそうにおとなしくしている。その姿を見ると、とても悲しい気持ちになった。
いよいよトラックに載せる時がきた。父がロープを引き、母と私で牛のおしりを押した。そして、私は父とトラックに乗り、I町にある畜産センターに向かった。トラックの中で私たちは無言だった。
畜産センターに到着し、3頭をトラックから降ろした。他の農家の牛たちに負けない体格をした3頭はとても立派で、私もとてもほこらしい気持ちになった。
3頭は別のトラックに載せられ、出荷されていった。私は、悲しい気持ちをこらえて、笑顔で見送った。それが私にできる最後のことだと思ったからだ。それからも、うちは牛を育てる。そして、その命と引き換えにお金をいただく。だからこそ、自分が今精いっぱい生きることが牛への恩返しになると思っている。大切な牛の命に感謝して生活したい。