生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第7回エッセー部門

第7回入賞作品 − 中高生の部 
優秀賞

「僕は看護師の息子」

土井 倫太郎(15)愛媛県

 色とりどりのイルミネーションやクリスマスソングが街中にあふれている12月23日。肺がんで闘病中だった叔母が静かに息を引き取りました。明るくておしゃべり好きで、ちょっぴりお節介でよく笑う叔母でした。

「なってしまったものはしょうがない。頑張って治してくるわ。」

と笑顔で入院した叔母。葬儀場に帰ってきた叔母は僕の知っている叔母ではありませんでした。頰は小さく痩せこけ、肌は黒ずみ、うっすらと残る眉間の(しわ)の跡が治療の壮絶さを物語っていました。コロナ禍でお見舞いにも行けなかった僕は無力な自分に胸が張り裂けそうになりました。いとこたちもみんな同じ気持ちだったと思います。

 押しつぶされそうな重い空気の中、母が口を開きました。

「大丈夫! みんなでおばちゃんを元に戻してあげよう。」

 僕の母は看護師です。母は叔母が亡くなってすぐに病院へ駆け付け、エンゼルケアを自分たちでさせてほしいと病院と葬儀場の人に交渉していました。エンゼルケアとは人が亡くなった時に行う死後処置のことです。遺体を清めたり、化粧を施したりして故人が少しでも生前に近い姿になれるように資格を持った人の手によって行われます。

 母が叔母の体をきれいに清め、みんなで選んだ薄いピンクの着物を着せました。

「さあ! お化粧するよ!」

 昔の叔母の写真を何枚も何枚も見比べながらみんなで少しずつ化粧しました。

 母は叔母の持っていた化粧品で化粧することにこだわりました。お気に入りの化粧品でいつもの叔母にしてあげたかったそうです。

 まず顔全体をきれいに()って眉を整えました。苦痛に(ゆが)んだあとのある眉間の皺を少しずつ少しずつ緩め、口元をマッサージして口角が上がったようになりました。痩せこけた頰の内側に綿を少し入れてふっくらとさせました。テキパキと指示を出し、さりげなく仕上げをする母の手はまるで魔法みたいでした。

 出来上がった叔母は声を掛けると目を覚ましそうで

「アイス食べる? お野菜持ってお帰り。」

と今にも喋りだしそうでした。あまりに生前の叔母そのものでみんなで大笑いしてみんなで泣きました。なんだか悲しいのかうれしいのか分からないぐちゃぐちゃの感情だったけれど、胸のつかえが取れたような気がしました。

 そしてお通夜のクリスマスイブ。叔母にサンタクロースの帽子をそっとかぶせ、叔母を囲んでみんなでケーキを食べました。何種類かケーキを買っていたので誰がどのケーキを食べるかもめたり、まだ小さいいとこがジュースをひっくり返したり。それはそれは(にぎ)やかで楽しいクリスマスイブでした。

 葬儀が全て滞りなく終わって片付けをしている時に母がポツリと言いました。

「私たち看護師は治療に関してはドクターの指示の下動くので治療の決定権はなく病気そのものを治すことはできない。でもおこがましいけど患者さん本人だけでなく、それをとりまく家族さんたちも少しでも楽にさせてあげられたらうれしいでしょ。それができるのが看護師だと思ってる。」

と。僕はいい看護師というのは注射が上手いとか処置が早いとかそういうことが大切だと思っていました。もちろんそれも大事なことだけど、今回の体験で心に寄り添う看護が一番大切だということに気が付きました。そして自分の仕事に自信と誇りを持ち「この仕事が好きだ。」と胸を張って言える母をかっこいいと思いました。

 僕は心室中隔欠損症という先天性の心臓病を持っています。今も検査は欠かせないし、入院することもあってその度にたくさんの看護師さんと関わってきました。僕の記憶に残る看護師さんはみんな笑顔で優しく、不安な僕の気持ちに寄り添ってくれていました。当たり前のことのように思っていたけど、母の一言からたくさんの看護師さんの思いに触れ、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 僕は母の仕事が看護師で嫌だなと思ったことが何度もありました。時間通りに帰ってこないことも多いし、休みのはずだった日に急に呼ばれて出勤することもありました。晩ご飯にお惣菜やお弁当が続く日もあったし、家に仕事を持ち帰っていてゆっくり会話できない日もありました。

 もし看護師さんのお母さんの帰りを寂しく待っている子がいるなら伝えてあげたいです。「キミのお母さんの仕事は素晴らしいものなんだよ。キミのお母さんはすごい人だよ。」と。

 母は今日もたくさんの患者さんに笑顔を届けに行っています。長い夏休み、仕方なくおいしいご飯でも作っといてやるとするかな。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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