生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第1回エッセー部門

第1回入賞作品 − 一般の部 
入選

「ビールで乾杯」

御代田 久実子(61)東京都

 今年の6月、叔母が逝った。延命を拒否し大好きな自分の家で、静かに逝った。見事としか言えない、叔母らしい最期だった。

 身体の弱かった叔母は、何度か生死の間をさまよう病気をした。延命を拒否する文書を、私の姉と作ったのは10年以上も前の事だった。20年前に車椅子の生活になった時、3年前に在宅酸素が必要になった時、関係者は口をそろえて、一人暮らしは無理だと告げた。しかし、叔母は、大好きな自宅で一人で暮らす事を強く望み、それを実行した。

 ケアマネージャー、ヘルパー、訪問診療、訪問看護、訪問リハビリ、入浴サービス等々、多くの方が、叔母の一人暮らしを支援してくれていた。私は、子供のいない叔母の親族として、姉と、年数回の訪問や、入院時の対応くらいしか、担う事ができていなかった。

 5月に叔母は、全く動けなくなった。3月には、私達と誕生日の外食にでかけるくらい元気だったので、いつか来ると覚悟はしていたが、突然にその日はやってきた。

 叔母を支援してくれていたチームは、お互いに調整をし、新たなサービスも加え、朝昼晩深夜と、訪問をしてくれた。初めは回復を目指し、それがかなわないと判断されてからは、本人らしい最期を迎えるために、皆が悩み、試行錯誤しながら支援を組み立ててくれた。私も定年退職をし、時間ができていたので、可能な限り叔母の家に行った。

 冗談を言いながら叔母のそばで過ごし、「今日も一日楽しかったね。また明日」。これが帰る時の合言葉だった。これに対し、「あなたの家の夕飯は何」と叔母が尋ねてくる事が、毎日の儀式となった。叔母は、食べる事が、難しくなっていた。

 叔母の命をつないでいたのは、水分補給の点滴のみで、口から摂取できるのは、わずかなとろみ食だった。栄養補助食や介護食など、皆がすすめてくれる食べ物は、すべて、叔母の嫌いな味だった。とびきりグルメだった叔母は、まずい物はまずいと、口にしたがらなかった。

 私は関係者皆に、好きな物を食べてもらいたいと、相談した。医療関係者は、本人の望む物で良いと言ってくれた。介護スタッフはこの大きさ、この形ならと、色々提案してくれた。かくして、叔母の主な飲み物は、とろみ付きサイダー、食べ物は、クリームいっぱいのチョコレートケーキ、アイス、メロンとなった。

 亡くなる2週間前、姉が見舞いに来ていた時、「女子会をやろう」という事になった。女3人、ビールで乾杯した。残念ながら、とろみのついたビールは、あまりおいしくはなかったらしいが、楽しい時間だった。一人暮らしの叔母は「乾杯」が大好きだった。一緒に食事をする時は、お茶でも何でも「乾杯」とグラスを合わせてきた。動けなくなってからは、アイスで乾杯していた。好きな物は、何でも良いよと言ってもらっていたので、元気な時に大好きだったビールで、乾杯する事ができた。一緒に暮らしていた幼い頃の話など、私達はたくさんおしゃべりし、叔母は、苦しい息の中でも笑っていた。

 色々な事業所、色々な職種のメンバーがチームを組むという事は、正直すべてがスムーズにいったわけではない。けれども不安や疑問を伝えると、皆真摯しんしに受け止め、対応をしてくれた。毎日の連絡ノートは、記録が山ほどあった。皆の日々の支援の積み重ねと、叔母への思いがあふれていた。私も毎回、気になる事を書き、叔母の代わりに、ありがとうと書き続けた。壁や冷蔵庫に貼られた支援の注意事項は、次々と書きかえられていった。叔母は、来る人来る人に「ありがとう」と伝えていた。

 そして叔母は、自ら点滴を断わった。

 看護チームは、涙をこらえながら、それを受け入れてくれた。「私、もういいかなと思うの」と叔母は言った。私は返す言葉がみつからず、「疲れちゃったかな。ずっとがんばってきたからね」とだけ言った。そして1週間後、叔母は逝った。前の日の夜も、「あなたの家の夕飯は何」と言っていた。

 長い付き合いの看護師さんと一緒に、泣きながら最後のケアをし、旅支度をさせてもらった。15年間来てくれていたヘルパーさんが、泣きながら一番好きな固さ加減のご飯をたいてくれ、枕元に供えた。

 最後まで自分らしく生き抜いた叔母、本人の意志を尊重し、最後までとことん叔母と向き合い、何が最善か考えぬきながら支援をしてくれたチームの皆さんを、誇りに思う自分がいる。こういう生き方もあるのだと、教えてもらった長くて短い1か月だった。

 納骨の時、医師であるいとこに、「ビールにとろみつけたの」と驚かれたのは言うまでもない。でも、「すごいね、最後まで本人らしくだね」と笑いながら言ってくれた。

 叔母と、素晴らしいチームに「乾杯」。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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