生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第8回エッセー部門

第8回入賞作品 − 一般の部 
読売新聞社賞

妹が遺してくれたもの

鈴木 恵美(59)宮城県

 亡き父と同じ難病を抱えている妹。強い薬を服用中だが、ここにきて再び量を調整している。どうしても子どもが欲しく、今回が最後のチャンスになるらしい。子宝お守りを見せられた時は、胸がえぐられるようだった。

 春夏以外は年中寒いと言っている妹だが、この年は5月になっても毛糸の靴下が手放せなかった。薬を減らしたことで、厄介な冷えとの闘いになってしまったようだ。

 私は10月の妹の誕生日に、手編みのブランケットを贈ろうと思った。小さい四角のモチーフを何枚も作り、それらを合わせて1枚にしたものだ。妹の願いを(かな)えるべく何かせずにはいられない。思いを形にしたかったのだ。

 そのモチーフが目標の半分に差し掛かった8月。妹はくも膜下出血で救命救急センターに緊急搬送。手術の甲斐(かい)なく脳死となった。

 10代半ばで発症以降、少しずつ運命を受け入れてきた妹。苦しみや絶望を味わいながら、前向きに生きてきた妹。

「困難にぶち当たっても死を選んだら駄目だよ。命さえあれば乗り越えられるからね。」

 心が折れ、「死」を口にする私や周りの人に、切々と命の大切さを訴えていた。

 私と義弟は泣いて執刀医を問い詰めた。

「今の医学でどうにかならないのですか?」

「奇跡は起こせないのですか?」

 医師は首を横に振るだけだった。

 だったら私はどうすればいいのだろう。父もくも膜下出血で48歳にて他界。母の介護は妹と協力してやってきた。妹は私を遺し、44歳で父と同じ運命を辿(たど)ろうとしている。

 私は生前、妹から死生観を聞いていた。

「私は、こんな体でも長生きしたいって思うよ。でも、積極的な延命治療はしないでね。そして、私が旅立つ時は笑顔で見送ってね。みんなに泣かれたら逝くに逝けないから。」

 妹は早々に自分の命と向き合っていたのだ。

「家族で過ごす時間はありますか?」

「たくさん話しかけてあげてください。私達もご家族に寄り添えるよう努力します。」

 こうして妹との中身の濃い面会が始まった。私は日中、義弟と友人達は夜、妹に会いに行った。友人が多い妹の実態を知り、身内以外の面会が許可されたのだ。

「お姉さん来てくれたよ、良かったね。」

 機械で全てを管理された妹。耳元で看護師が来訪を知らせると笑ったように見える。切開した頭からは髄液が漏れているのに、血圧も上がる。思わず「生還」に一縷(いちる)の望みを持ち、看護師を(つか)まえては質問攻めにしてしまう。

「思いが妹さんに伝わるからですよ。」

 友人達も「手を握ったり声を掛けたりすると数値が上がる。」と喜び、意識が戻ることを期待して面会を終えるとのことだった。

 面会が始まって1週間。

「天気のいいこんな日は、いっしょにお昼寝されたらいかがですか?」

 私の返事を待たず、看護師がベッドの柵を外しにかかる。重症患者同士がカーテン1枚で仕切られている空間。フロアのあちらこちらで機械音がけたたましく鳴っている。

 私は促されるまま妹の隣に忍び込んだ。看護師が優しくカーテンを閉めていく。私は管の合間からそっと妹を抱きしめ、名前を呼んだ。妹の温もり、妹の感触、妹の匂い。妹との思い出、妹との未来。次から次へと涙が(あふ)れ、言葉が続かない。いくら呼んでも、私の妹は目を開けることも(うなず)くこともしないのだ。

 私は妹の手を握り、声を殺して泣いた。ふと妹が「ありがとう」と言ったような気がして我に返る。どうやら夢を見ていたようだ。

「面会時間が過ぎたのに、すみません。」

 静々とカーテンを開け看護師を呼ぶ。

(うれ)しいよね。気持ち良かったよね。穏やかな顔しているもの。あら、これ涙ね......。」

 看護師は妹に話しかけながら、顔をタオルで拭った。そして、一呼吸おいて切り出した。

「明日の午後、個室に移りますね。」

 私は深呼吸して気持ちの整理をつけた。

「はい、よろしくお願いします。」

 その2日後、妹は私と義弟の腕の中で静かに息を引き取った。脳死から10日間、最期まで妹を一人の人間として温かく接してくれた医療スタッフ。傷心した私達の胸の内まで()み取り、救ってくださった。妹との別れをしっかり受け止めることができたのも、スタッフの支えがあったからと思う。

 力は尽きたが、生き抜いた妹は私の誇りだ。

「ずっと忘れないよ。私達はあなたの分まで自分らしく生きていくからね!」

 散々泣き()らした私達は、最期は笑顔をつくって妹の旅立ちを見届けた。

 妹が亡くなって10年。妹の生き様を心に刻み、私は妹の魂と共に人生を歩んでいる。どんなに辛くしんどくても、私には「今を生きている」という幸せがある。妹がいたから、「今日の命」に感謝できる私がいるのだ。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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