生命を見つめるフォト&エッセー

受賞作品

第6回エッセー部門

第6回入賞作品 − 中高生の部 
優秀賞

「祖父への手紙」

西野 花香(14)大阪府

「またいつでも遊びにおいで。」

 祖父はそう言って、いつものように笑顔で手をふった。

 次に祖父に会えた時、祖父は救命救急センター集中治療室のベッドにいた。人工呼吸器と多くの管がつながれ、顔や体は腫れあがり、あまりにも変わり果てた祖父の姿に、私は言葉が出なかった。「じいじ」という、たった3文字の言葉を、口から出そうとしても出せなかった。涙もでないほどの衝撃とあまりにもつらい現実を、私は受け止められなかったのだろう。

 祖父は5年前に腎臓に腫瘍しゅようができ、手術によって無事摘出された。祖父はそれからというもの、「睡眠、栄養、運動」を心がけて日々を過ごしていた。運動は、毎日近くの山を登ることを日課にしていた。

 その日は前日に雨が降っていて、山の下りに使う木の階段が濡れていたのかもしれない。祖父は、その階段を滑って、後頭部を木の階段のへりに打ちつけてしまったのであろう、と推測された。医師から告げられた傷病は脊髄せきずい損傷という、私が初めて耳にする傷病だった。どういう状態であるのかを知ったのは、祖父が命の危機を乗り越えた頃だった。

 脊髄損傷。大きな外力が加わることによって脊髄が損傷を受け、祖父の神経は麻痺まひし、両上下肢は動かせなくなってしまった。あまりにもつらい現実を、家族の誰もが受け止めることに多くの時間を要した。そして、誰よりもその時間を要したのは、祖父だった。

 医師からは、傷病と状態、今後についての説明を何度か受けていた。真面目で努力家の祖父は懸命にリハビリに励んでいた。わずかに反射で動く左の腕を見つめながら。祖父の顔に、怒り、焦り、あきらめ、悲しみ、そして、かすかな希望がにじんでいたように私には見えた。

 辛く、耐え難い困難はどうしてこうも続くのかと思う。世界では新型コロナウイルス感染症が蔓延まんえん、その影響で、祖父が入院している施設も面会禁止を余儀なくされ、祖父に会うことが出来なくなった。その頃、祖父は自分の体がこれ以上動くことはないことを悟っていた。

 面会できない日々は続いた。会えないことが当たり前のような日常が続いた。その間、祖父は天井を見つめ、何を思っていたのだろう。何を希望にしていたのだろう。いや、希望などということは、もう祖父の中に存在していなかったのではないか。心のどこかでいつも祖父のことが気がかりだった。

 オンライン面会が出来るようになった時、久しぶりに会えた画面越しの祖父は、痩せていて、目に力はなく、悲しげに映った。小さな画面、週に1度、15分という短い面会で私は祖父に何も伝えることが出来ていなかった。

 私は祖父に、一通の手紙を書いた。中学校でのテストの成績が上がったこと、部活が大変なこと、祖父の猫はいつも通りふすまを破っていること、とりとめもない日常を手紙につづった。そして封筒の表に記した。「看護師さんへ この封を開けて、中の手紙を祖父に読んで聞かせてください。どうぞよろしくお願いします。」と。

 コロナウイルス感染症は終息を許さず、面会が出来ない日々は続いた。私は週に1度出す手紙を2度に増やした。祖父が少しでも安らげたらと願い、さらにまた手紙を出す回数を増やしていった。日常生活を書き連ねた手紙は、いつしか内容が変わった。私が祖父に伝えたかったこと。それは、家族が皆、祖父を待っていること、大切に思っていること、そして、誰も祖父を忘れていないことを。

 私は手紙で祖父に伝え続けた。何度も、何通も、手紙を出し、思いを伝え続けた。孤独に耐え、思うようにならない体とあらがえない運命に向かい続けている祖父へ、私ができるたった一つのこと、それは、途切れることなく手紙を出し、思いを伝え続けることだった。

 オンライン面会の日。看護師さんが、「引き出しに入りきれないほどの手紙よね。」と、祖父に笑顔で言った。祖父は画面越しの私を探し、痩せてか弱くなった体で、しかし目をしっかり見開き、私に何かを伝えようと口を動かした。

 「あ り が と う。」

 ゆっくりと確かに祖父の口は動いた。久しぶりに見る祖父の優しい笑顔だった。

 闘病生活が間もなく2年になろうとする桜の花が散る頃、懸命に生きぬいた祖父の生命が終わりをつげた。祖父に宛てたたくさんの手紙は、祖父のひつぎに一緒に入れ、祖父とお別れをした。

 私は、今でも時折空を見上げながら願う。伝えたかった気持ちが、祖父に届いていたことを。祖父が尊く、かけがえのない大切な存在であったことを。

(敬称略・年齢、学年などは応募締め切り時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

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