お兄ちゃんの背中と記憶の旅
あの日、お兄ちゃんの背中は、小さくふるえていました。 ぼくには7歳年のはなれたお兄ちゃんがいます。頭が良くて物知りで、背が高くて、かっこいい人です。そして、心が強い人です。でもあの日、お兄ちゃんは泣いていたのだと思います。 「おじいちゃんのお金がなくなったんだって」。お兄ちゃんが下を向いたまま突然話しだしました。「おれがぬすんだんじゃないかって連絡がきたんだって。おれ知らないよ。本当に知らない」。お兄ちゃんはまっすぐぼくの目を見て言いました。 お父さんはすごく、おこっていました。だれも、何も悪いことはしていないのに、家族がこわれてしまうのではないかとこわく、悲しくなりました。おじいちゃんのたった一言で、家族みんながきずついていました。泣いていました。 すぐに、おじいちゃんのかんちがいだったことがわかりました。だけどお兄ちゃんは、あまりしゃべらず、自分の部屋に行ってしまいます。あんなにおじいちゃんのことが好きだったのに、そう思ったらなみだが出てきました。 「なんで泣くんだよ」「だって悲しいし、くやしい。好きってもとにもどせるの?」「だから今、おれは旅をしてるんだよ。記憶の旅。おじいちゃんのことが大好きだったころの自分を記憶の中から探してるんだよ」 この日からお兄ちゃんとぼくは、おじいちゃんへの「好き」を取りもどす旅に出ました。いっしょに出かけた場所、買ってもらったおもちゃ、全部、お兄ちゃんは覚えていて、物も思い出も大切にしていました。おじいちゃんもお兄ちゃんを大切にしていたしょうこがたくさんありました。 その年のクリスマス、お父さんから、お兄ちゃんとぼくに一枚ずつふうとうがわたされました。「好きなものを買ってください。じぃじ」。お金が入っていました。お兄ちゃんは言いました。「本当は、わかってるんだ病気のせいだってこと」。おじいちゃんは少し前に「のうこうそく」になり、入院していました。こういしょうで、記憶がこんらんしたり、忘れっぽくなったりすることがあるのだそうです。 お兄ちゃんは、写真を何枚か取り出しました。いつも病室で、お兄ちゃんとおじいちゃんは、しょうぎをしていました。取り出したのは、その時の写真でした。また背中が小さくふるえていました。 ぼくたちは「記憶の旅」をしていたことをお母さんに話しました。お母さんは「本当にやさしい人は『人をゆるしてあげられる人』って聞いたことがあるよ」と言いました。 「旅を終わらせる」。そう言ったお兄ちゃんと二人でケーキの絵をかきました。「次のおじいちゃんのたん生日に、ケーキをプレゼントしよう」と、お兄ちゃんが言いだしたからです。 おじいちゃんへの「好き」を取りもどしたお兄ちゃんは、前のお兄ちゃんにもどることができました。人をゆるすことができる本当にやさしい人でした。お兄ちゃんは、ぼくの目標です。これからも少しだけ後ろを歩きます。だれよりも先にお兄ちゃんの背中に気づけるからです。
兄に寄り添う美しさ
大好きな祖父から突然疑いをかけられた兄。すぐに潔白が証明され、原因は祖父の病気とわかっていても心の傷は癒えません。それでも必死に祖父への「好き」をとりもどそうとする兄に筆者は寄り添い、共に乗りこえようとします。こんなにもやさしく、美しい世界を読ませてくれてありがとう!(石崎洋司)