あの日の交さ点
朝おきると、ぼくはうごけなかった。目ざめたのは、大きなびょういんの「しゅう中ちりょう室」だった。
小学1年生の冬、ぼくは交通じこにあった。自てん車で交さ点をわたっていると、ぼくに気づかなかった車にはねられた。
「目がさめて、よかった」
お母さんはそう言いながら、なみだぐんでいた。
ぼくは頭のほねがおれ、頭の中で出血していた。
「同じ場しょをぶつけないよう、ころばないよう気をつけてね。しばらくうんどうは休んで、頭をゆらさないでね」
おいしゃさんとやくそくして、ベッドに入った。たくさんねていたはずなのに、まだねむかった。うとうとしてねがえりをうった時、グイッと引っぱられてびっくりした。体には、たくさんのひもがつけられていた。お母さんが赤いひもをずらしてくれた。つきそっている間はいつも、からまらないように直していたそうだ。
ひもを外された時はとてもうれしかった。楽にねがえりをうてるのはもちろん、お母さんのふたんがへるからだ。点てきがなくなると、だんだんのどがかわいてきた。おなかも少しだけへった気がした。
「りんごジュースがのみたいな」
お家でふだんのむのはお茶とお水なので、思い切っておねがいしてみた。すると、お母さんがいつもとちがって、買ってくれると言った。この時もお母さんはなみだぐんでいた。ぼくが生きているということ。目がさめて、話せるということ。「きせき」なのかも知れない、とぼくは気づいた。たいいんの日にのんだりんごジュースは、体にしみわたるかんじがした。
たいいんできたことについて「きせきだよね、うんがよかったよね」と言ったら、お母さんは、「そうだけれど、ちょっとちがうかな」と答えた。そして交通じこの日のことをくわしく教えてくれた。
車にはねられたぼくは、道になげ出された。交さ点には、たくさんの人があつまった。お母さんはそこにいた人たちが「きせき」だと言った。
きゅうきゅう車をよぶ人、けいさつにせつめいする人。ライトでてらす人、もうふをもって来る人。あたりはどんどんくらくなった。雨もふり出し、とてもさむかったそうだ。きゅうきゅう車に道をゆずってくれた人たち。きゅうきゅうたいいんさん、てきかくなしょちをしたおいしゃさん。お母さんの答えのいみが分かった。たすけてもらったことを「うんがよかった」でおわらせてはいけない。交さ点でかかわった人たちに、心からかんしゃした。
新聞に交通じこの記じがのっているのを見ると、むねがくるしくなる。その時は、ぼくが大人になったすがたをそうぞうする。じこのげん場にいたとしたら、自分にできることをやろう。たすけてもらったぼくが、つぎはだれかをたすけられるように。あの日の交さ点にいた人たちへのかんしゃを形にしよう。
朝おきると、おなかがへっている。ごはんを食べて、たまにジュースをのんで、話すことができている。ぼくは今日も、元気に生きている。
つらい経験 前向きに
交通事故で大けがをした若狭さんは、お母さんの言葉から、多くの人の善意がつながって命が助かったことを知ります。次は自分が誰かを助ける側になることで感謝を形にしようと決心するのです。つらい経験を前向きにとらえ、その意味を深く受けとめて、よりよく生きようとする姿に胸を打たれました。(梯久美子)