「盲導犬、嫁ぐ」
「ニコラの嫁ぐ日、決まったよ」。電話を切った父が教えてくれた。父の盲導犬ニコラが引退する。関西盲導犬協会からの連絡だった。ついに決まったか。
2021年3月、兄の卒業式が、ニコラと父のペアで臨む最後の日の予定だった。しかし、緊急事態宣言の影響により、新しい盲導犬の訓練が進まず、ニコラの引退は先延ばしになっていたのだ。
8年間という時間の流れは、人と犬は違う。幼稚園の私は中学生になり、お嬢さん犬はおばあちゃん犬になった。私たちは、長い時間を一緒に過ごしたんだなと思う。母は「引退」という言葉を使いたがらない。
「ニコラはお嫁に行くんだって思えば、離れて暮らしていても家族だし、新しい家族と新しい生活を楽しんでほしいって、思えるんじゃない?」
盲導犬の一生には、たくさんの家族やスタッフ、ボランティアさんが関わり、共に時間を過ごす。私たち盲導犬ユーザーの家族は、一番長く一緒に暮らす家族だ。
ユーザーと盲導犬の話はよく取り上げられる。父のように家族のいる場合、ユーザー以外の人間とも暮らしている盲導犬もいる。ユーザーの家族は、家の中でも盲導犬と接する約束を守り、盲導犬として犬が混乱しないよう共同生活を送らなければならない。
私は、ニコラに、ご飯もおやつもあげたことがない。父の役割だからだ。私にできることはお家うちで楽しく遊ぶことだ。ニコラが「一緒に遊ぼう!」と誘ってくる。これは、家族の誰にも負けない。ニコラの一番の遊び相手は私だ。
私が小さい頃は、ニコラがお姉さん役で、私は妹のポジションだった。私が大きくなるにつれ、ニコラと私は徐々に遊び友だちの関係になった。
「萌衣のことは仲間だと思っているでしょ」と笑われるけど、この関係は、他の家族とは違う。私とニコラだけの遊び仲間、幼なじみならではのものだ。
ニコラは朝が大好きだ。私が制服に着替えて、朝ごはんを食べる頃、ブラッシングが終わり、ピカピカのニコラがダイニングに走って来て、しっぽを振って家族を見て回る。可愛かわいいなと思う毎日だ。お出かけ服を着て、ハーネスを装着して父と出かけるニコラは、外向けの盲導犬の顔をしてて、カッコ良い。
盲導犬としての引退は、新しい生活のスタートだ。新生活を楽しんでほしい。大好きだよ、ニコラ。私には大事な幼なじみだもの。いつまでも、大切な家族だよ。一緒に暮らせて楽しかった。我が家に来てくれて、本当にありがとう。(個人応募)
盲導犬への愛情と配慮【講評】
盲導犬の引退は、ユーザーだけではなく、一緒に暮らす家族との別れでもあるのですね。盲導犬がたどる一生がよくわかり、それぞれの時期をともに生きる人たちの愛情と配慮が伝わってきます。新しい生活に踏み出す“お嬢さん”へのはなむけであると同時に、盲導犬への理解をうながす、意義深い作品です。(梯久美子)